男と娘
 昔、ある村に貧しい男が住んでいました。
 ある日男は、町のはずれでうずくまる汚い身なりの娘を見つけました。娘は言葉を
話す事ができないようで、村の誰にも相手にされず寒さに震えていました。
 哀れに思った男は自分の家につれて帰り、風呂と食事を与え、清潔な服を着させ、
ともに暮らし始めました。時間が経つにつれ男はとても驚きました。なぜなら言葉は
通じないものの娘は非常に賢く、働き者で、美しい娘だという事が分かったからです。

 男は「娘を幸せにしなくては」と思うようになりました。そこで男は懸命に働き、娘に
綺麗な洋服を与え、寸暇を惜しんで言葉を教えました。村のみんなの協力もあって
娘はどんどん上手に言葉を話すようになり、そして美しい洋服をいくつも身にまとう
ようになりました。娘は男が予想もしなかったほど美しく、優しく、賢い淑女に育って
いきました。

 美しい娘は村で評判になり、娘と結婚したいという男がたくさん現れました。そして、
それを育てた男は神様と呼ばれるようになりました。

 娘はますます美しくなり、男は娘との暮らしに幸せを感じていました。しかし、男に
は大きな悩みがありました。なぜなら男はこの美しい娘を、より広い世界である社交
界に加えたかったのです。口にはしないものの娘もそれを望んでいる事にも、男は
気がついていました。しかし、男の力ではそれは望むべくもない事でした。
 娘との幸せな暮らしの中で、男の悩みは徐々に大きくなっていきました。

 そんなある日、娘の本当の父親が現れました。父親は高貴な貴族であり、美しい
洋服、多くの家来、豪華な車を従え、娘を迎えにきました。

 娘は男が与えた洋服を脱ぎ、父親の与えた豪華なドレスを身にまとい男の元を去
りました。男にはまた一人の暮らしが戻ってきました。男は寂しさを感じましたが、
悲しくはありませんでした。むしろ大きな喜びと希望を感じていました.

 なぜなら、娘の夢は男の夢でもあったからです。そして、男はその夢がかなう事を
信じていたからです。

(終わり)